poco a poco

ハウスキーパー入門

大相撲が好きな訳

パンダ子

誰しも小さい頃に強烈な出来事があり興味のきっかけが生まれるものです
私は時々、大相撲について関心がある事を書いていますが、
きっかけになった出来事があります。

昔の地方巡業では、力士達は熱烈なファンの家に泊まってくれたんです。

横綱大関クラスは、市長さんや大きな病院の院長先生や会社経営者宅でした。
昭和40年代ですから横綱は北の富士や玉の海だったでしょうか。

番付が下の人たちは、一般家庭にもチャンスがありました。

実家の向かいに住んでいたおじさんは、大の相撲ファンというのでもなかったらしいですが、見栄っ張りなええカッコっしぃだったようで、「是非我が家にって」応募しました。

運の良いことに、その頃人気が絶大の小結貴ノ花と付き人さんたちが泊まることになりました。


ご近所は大騒ぎです。

二子山部屋の力士達が4〜5人泊まるのですから、
「布団貸して〜」とか「座布団持ってきて〜」とかで、おばさんたちは大忙し。
男性達は一升瓶を持参して何とか貴ノ花を拝もうとやんややんやの大騒ぎでした。


見栄っ張りの当事者おじさんは、意外にもハニカミさんだったらしく、力士達をもてなす力量がなかったようで、子どもの力を借りて場を和まそうと思い
「パンダ子ちゃん貴ノ花の隣に座ってあげて」と言ってくれたんです。
私は、当時北の富士が好きで、「おじさん何で貴ノ花なんて泊まらせるのさー」とむくれていましたが、有名人に会えるミーハーでお呼ばれしました。
テレビで見ると、小さなお相撲さんでしたが、実際の貴ノ花はとても大きくて、ご飯も盛り盛り食べて、カニや刺身もバクバク食べて、力士達はお酒もガブガブ飲んでいたように思います。


ご指名されたから貴ノ花さんの隣に座ってあげたのに、
「何年生?」「4年生です」という会話しかできませんでした。
今なら、グイグイ行けるのになー


お相撲さん達に泊まってもらうために、地方のタニマチさんは結構な金額を支払ったらしいです。


父の影響で本場所のテレビ中継は何となく見ていましたが、それ以来本腰入れて見るようになり50年です。
当時、北海道出身の力士はとても多く、応援のしがいがありました。
北の富士さんは綺麗なお相撲さんで大好きでしたが、ライバルの玉の海が亡くなったと朝のニュースで知り、悲しくてたまりませんでした。
あんなに大きな人達が、病気とか亡くなるなんて想像もつかなかったからです。


何だかんだと、相撲界に関わりインパクト残した北の富士さん亡くなって偲ぶ会が行われています。
弔辞を読む、元保志関の九重理事長、立派になりましたよ。

「泣かないで読みなさいよ!」って腐しているかな。





寒くて家籠り。
パン焼きしてます。