poco a poco

ハウスキーパー入門

父は、中(なか)の人だった

パンダ子

父の初盆を迎えるので叔父と叔母がお参りに来てくれました。
一緒に昼食を囲み、70年以上前の思い出話が弾みます。
私が、父から聞いた話が叔父叔母から聞くのとまた違った事実が判明して面白かったです。


昔、各地の大晦日の様子がテレビで中継されると、必ず、東京のお蕎麦屋さんの様子と、秋田からは、なまはげに怯えて泣き叫ぶ子供達の様子です。
父は秋田県男鹿半島の町出身なので、大掃除の手を止めてテレビを熱心に見ていました。
あれが本当に怖くて、北海道は、なまはげ来ないよね、ホントだよね。と何度も親に聞きました。
そして秋田県の子どもに同情しました。


大晦日とお正月といえば、ご馳走食べて夜更かしして、紅白見て、次の日またご馳走食べてお年玉貰ってと、子どもにはパラダイスな日々です。
それが秋田の子は、なまはげの試練を越えなければ楽しい時間がないんですから。


お父さん、北海道に引っ越してくれて良かったよ。
そのまま秋田にいたら、私もなまはげの餌食になってたから。


ある年の大晦日、いつものように風物詩中継を見てたら、
「お父さんも、若い時なまはげやってたんだよ」って言うんです。
それはそれは大ショックです。
え〜、お父さん昔みんなの嫌われものだったんだー、嫌だ〜友だちに知られたくない。


今日、叔父叔母達に聞いてみました。
自分のお兄ちゃんが、なまはげやってて恥ずかしくなかった?と


いんやー、全然。
近所の若い衆はみんなやってたからね。
若い兄ちゃんがいるって、羨ましいと思われてたよ。


でも、なんで毎年絶対に見つからない所に隠れても、必ずなまはげは探し当てて見つかるのが不思議だったんだわ。
兄貴が仲間に家の隠れ場所バラしてたんだな、きっと。
自分たちの子供の頃の思い出を懐かしそうに話すのが良い時間でした。


中学生になると父への反抗期が長く続いた私は、毎年のお約束のなまはげ談義は、ウンザリと聞いていました。
「ハイハイ、昔なまはげ、今ハゲだよね」と口ごたえしてたのも、我が家の大晦日の懐かしい風景です。