父の一周忌
昨日は父の一周忌法要でした。
一年前の今頃は、父の入院、あっという間の危篤。
不謹慎とは思ったが、生きてるうちに葬儀屋さんに相談に行き、ある程度の覚悟とその後の相談をした日々が甦る。
私は、2人姉妹の妹。
姉はその時期ピースボートでクルーズ旅の最中でした。
8月に乗船し帰国は12月です。
定年退職記念のツァーがコロナでキャンセルになり4年越しの旅だったので、途中下船するのも不本意でしょうから、戻って来なくても良いよ、と言いました。
船上ではWi-Fiが有料で一日中使えないということで、伝えたい事が良いタイミングで行きません。
会話にタイムラグが生じます。
「今スエズ運河です。」
「お父さん入院したよ」
「え〜大丈夫?」
「危篤状態です」
「帰った方が良いかな?」
「さっき亡くなりました」
「帰って来なくても良いよ」
姉、号泣😭
深刻だけど、トンチンカンなやり取りが地中海と北海道の田舎で交わされました。
夫と息子と私とで、通夜、葬儀、親戚の受け入れ、菩提寺の住職様との折衝ごとを葬儀屋さんの力を借りながらすることになりました。
そして臨終。
霊安室に葬儀屋さん手配の車が来て、礼儀正しくも手際の良い作法でさっきまでベッド上で患者さんだった父が、あれよあれよという間に遺体になっていきました。
ペースメーカーが内蔵されているので、亡くなっているのに、機械はまだ作動していて、胸の辺りが微かに動いているのが、不思議な時間でした。
その後は、どこの弁当屋さんにするか?
弁当は何個にするか?
菩提寺さまにお布施はいくらにするか?
お供花は豪華にするか?普通でいいか?
布団は何組借りるか?
超現実的な話し合いが続き、さっきまで目がうるうるしてたのに、
弁当のおかずが、エビフライか唐揚げどっちにしようか?と
棺桶の色を何色にしようか?
というのが同レベルでの家族会議になってるのが可笑しかったです。
あぁ、こんな事、殆んどの人が数回経験するんですね。
何でもやってみないとわからないものです。
通夜の食事に不満を漏らしていた母に、
「お母さんの通夜では美味しいものにするからね」と言ったら、楽しみだわと言ってました。
そして昨日の法要では、住職さまの念仏と講話を有り難く聞きました。
その後は、親族で食事会。
大往生の老人の一周忌ですから、湿っぽい時間ではありません。
話題は、ファイターズやら大谷くんやらで、父については特になし。
年老いた叔父叔母は、「楽しかったー」と言って満足気に帰って行きました。
法要は生きている人たちの為のものなのだなぁと改めて思いました。
山形からラフランス送られてきました。
熟するのを待ちます。
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